ステロイドは使わない!
アトピーはこうして治す 第2版
著者:丹羽正幸
第1章------アトピー性皮膚炎とは何か? メカニズムを知る基礎編
アトピー性皮膚炎を起こすメカニズムとは?
アレルギー人口は確実に増えている!
 アレルギーの人が増えている—。
 これは日本人の誰もが知っており、感じている事実でしょう。
 花粉症人口は、年々増えつづけており、国民の十数人に一人は「花粉症」であるといわれ、太陽に当たるとかぶれる「日光過敏症」や、洗剤で肌荒れなどのアレルギーを起こす人、シックハウス症候群や金属アレルギーなど、あなたの身近にも一人や二人はいるでしょう。
 実際に、1999年に東京都衛生局が行ったアレルギー疾患実態調査によると、3歳児のアレルギー疾患有症率は、なんと41・9%にも達していました。このうちアトピー性皮膚炎は18・0%、じんましんが15・0%、食物アレルギーが9・4%、喘息が7・9%、アレルギー性鼻炎が7・5%となっています(表1参照)。
 また、92年から96年にかけて厚生省が行った調査では、何らかのアレルギーをもっている人は、乳幼児で28・3%、小中学生で32・6%、成人で30・6%となっていて、およそ国民の三人に一人がアレルギー疾患をもっていることがわかりました(表2参照)。
 アレルギー疾患の増加率をみても、学童を対象にしたアレルギー性鼻炎についての調査で、70年代前半には0・8〜2・2%だった有症率が、70年代後半には4〜10%と、10年足らずのうちに約5倍にも増加していることが明らかになったのです。
 なかでもアトピー性皮膚炎に関しては、複雑・重症化する人が増えているのが特徴です。とくに成人型のアトピー性皮膚炎は、高度の不眠やイライラでQOL(生活の質)が著しく低下したり、カポジ水痘様発疹症や、重症伝染性膿痂疹などの重い皮膚病の急激な悪化で入院治療が必要なほど重症な人も出てきています。そこまで重症ではないにしても、成人型アトピーはなかなか治りにくく、治療にも時間がかかります。
 なぜ、このような現象が起きているのでしょうか。
 ひとつには、生活環境の変化が原因としてあげられます。たとえば、「住まい」の環境では、気密性のよいマンション住まいは快適な一方で、高温多湿化しており、ダニ、カビ、細菌、ハウスダストなどが目にみえないところで増殖しています。
 このような一見、快適な住まいから外に出ないで閉じこもる生活スタイルが定着していることも、理由としてあげられます。
 子どもも大人も、パソコンやテレビゲームに向かう時間が増えているのは確実で、夜型の生活が定着し、寝不足、運動不足によって、自律神経に変調を来したり、ストレスが増えていることも、アトピーと無関係ではありません。
 このように、アトピーを引きおこす原因は私たちの身のまわりに多く存在していることから、アトピー性皮膚炎は、複雑性皮膚炎であるといういい方もできるでしょう。アレルギー疾患のなかでもアトピー性皮膚炎の原因は、実に種々様々なのです。
 ちなみに、アトピー性皮膚炎と症状は似ているけれど、アトピーではない皮膚の病気もあります。主なものを、あげておきましょう。
● アトピーに似た症状の皮膚の病気
○ 接触性皮膚炎…植物や刺激物などによるかぶれ
○ 脂漏性皮膚炎…皮脂の多いところにできる炎症。乳児によくみられる
○ 疥癬…ヒゼンダニの感染によって起こる炎症。腕、手首、指の間、わきの下、外陰部などにできる赤いぶつぶつ
○ あせも…汗によってできる赤い水泡性の炎症
○ 魚鱗癬…いわゆるさめ肌
 このほかにも、手湿疹、単純性痒疹などアトピーと間違えやすい皮膚病があります。皮膚科で診察を受ければ、すぐに診断してくれます。
アレルギーとは何か?
 アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、アレルギー性胃腸炎……。アレルギー人口が増えるに従って、アレルギーやアトピーという言葉を頻繁に耳にするようになりました。それ以外にも、気管支喘息、じんましん、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、重症筋無力症、ある種の腎臓病など、アレルギーのアの字もつかないのに、実はアレルギー疾患に含まれる病気もあるのです。もちろん花粉症もそのひとつです。では、いったいアレルギーやアトピーとは、何なのでしょう。
 頭のてっぺんから足の先まで、皮膚の表面から内臓まで、身体のいたるところにさまざまな症状を引きおこすアレルギーやアトピーについて、皆さんがよくわからないのも無理はありません。アレルギーとは、「allos(変わった)」と「ergo(働き)」を組み合わせた造語です。アトピーにいたっては、まさにそのまま「atopos(奇妙な・よくわからない)」という意味のギリシャ語が語源です。
 しかし、原因はわかっています。アトピーやアレルギーはいずれも「免疫」、つまり生物が病気から免れるために備えた身体のしくみによって起こる現象なのです。
免疫とは身体を守るしくみ
 それでは、アトピーやアレルギーを起こす「免疫」とは何でしょうか。本来これは、刑罰や懲役などから逃れた状態を意味する「immunitiy」という言葉を訳したものです。
 ここからは少し専門的な話になりますが、人間をはじめとする生物は、自分の身体の中に細菌や毒物などの異物が入りこまないためのしくみや、身体の中に入りこんだり、できてしまった異物を処理・排除して身体を健康に保つためのしくみをもっています。これが免疫反応(システム)です。
 免疫反応は、身体の機能のすべてが関わっているといっても過言ではないのですが、具体的には、主に白血球を主役とした防御作用といっていいでしょう。
 外から侵入しようとする異物「抗原(アレルゲン)」に対して、異物を防ごうとする物質が「抗体」です。細菌やウイルスなどから身体を守るためにも、免疫反応はなくてはならないシステムであり、正常に免疫反応が起こっているうちは問題ありません。
 しかし、何らかのきっかけで抗原が抗体と結びついたり、リンパ球が組織障害を起こすなど、免疫システムが異常な反応を起こすことがあります。これが、「アレルギー反応」です。
 本来なら、身体を守るためのシステムが、皮肉にも何らかによって異常を来してしまったために起こる症状なのです。
 アレルギーの原因となる「抗原」は、植物、動物、食物、化学物質、金属、細菌、ウイルスなど、実にたくさんあります。本来は、人の身体に危害を加える物質ではなくても過剰反応をしてしまう、その反応をアレルギーと呼ぶのです。
 しかし、花粉症を例にとってもわかるように、花粉に対して激しく反応する人もいれば、杉林の近くで暮らしても何の反応も起こさない人もいます。
 なぜ、アレルギー反応を起こす人と、起こさない人がいるのでしょうか?
 その違いには、身体の中にできる抗体の存在が大きく関わっています。
 抗体はたんぱく質でできていて、免疫グロブリン(Ig)とも呼ばれます。Igには、IgM、IgG、IgD、IgE、IgAの5つがあり、これらはそれぞれ免疫の中で重要な役割を果たしているのです。なかでも、「IgE」と「IgA」の2つは、アレルギーやアトピーに深く関係しています。  アトピーの方は、IgEの検査を受けることも多いのでご存じの方も多いでしょうが、とくにアトピー症状の悪化と深く関わっています。
 しかし、IgEはアトピーを悪化させる要因であることは間違いないのですが、臨床では皮膚症状が好転しはじめてしばらく経った後に、IgEの値が低下する事実が確認されています。つまり、皮膚症状が改善されたのはIgEの値が下がったためではないということです。少なくともこれは、IgEだけがアトピーの原因ではないことを示唆しているのではないでしょうか。
 一方のIgAは消化管からの分泌液や血液中に含まれていて、粘膜からさまざまな異物が侵入してくるのを防いでいます。体液性免疫(P54参照)の70%をIgAが担っているといわれ、アトピー改善に大切な役割を果たしているのです。
 私はこのIgAに注目して研究を続けてきたところ、アトピー患者のほとんどがIgAの値が低下していることがわかりました。
 クリニックを訪れるさまざまな疾患の患者さん3000名を対象に、唾液中のIgAを測定したところ、アトピーの人はアトピーでない人に比べて、IgAの値が著しく低下している傾向があったのです。
 さらにIgAの値が高まることと、症状が改善されていくことには、密接な関係があることもはっきりしてきたのです。
 このことから、IgEがアトピーの「悪化因子」だとすれば、IgAはとても重要な「防御因子」であると考えられます。
 一般にアトピーはIgEが高く、しかも過剰な反応をするために起こると考えられてきました。しかし私はこの10年間、IgAに着目して3000名の患者さんについて免疫学的な検査を行った結果、次のような考えに達しました。
 アトピーとは、IgEだけでなくIgAそのほかの免疫細胞やシステムを含めた、もっと複雑な「免疫異常」であるということです。
 ですから、アトピーの治療においてはIgEの検査値ばかりにとらわれず、全身状態の改善を視野に入れて取り組む必要があるのです。後でくわしく説明しますが、私の治療法もIgAに着目して行っています。
ステロイド外用剤をなぜ使うのか? その効用と副作用のメカニズム
ステロイドのことを正しく知っていますか
 私が、基本的にステロイドを使わずにアトピーを治すことは可能だと考え、それを実践していることは述べてきました。また、やみくもにステロイドを否定しているわけでもありません。
 体質改善によってアトピー体質から抜け出すことができれば、その結果、皮膚の症状がよくなり、皮膚がきれいになると考えています。そのとき、必ずしもステロイドは必要ではないということです。
 しかし、クリニックを訪れる患者さんの多くは、ステロイドと一日も早く縁を切りたいと望みながら、手放せない人がほとんどです。また、ステロイドを極端に恐れたり否定しすぎているようです。その気持ちは理解できますが、まずはステロイドについて正しく理解することが必要です。
 それでは皆さんはステロイドについて、どのような認識をもっているのでしょうか。「今まで散々使ってきた」「よく知っている」という方も、ステロイドとアトピー治療の関係が、現在、どのような局面を迎えているか知ってほしいと思います。
ステロイドの功罪、その効用と副作用
「ステロイドに多少の副作用があることも知っているけれど、ステロイドのおかげで今以上に炎症がひどくならずにすんでいるんです。ステロイドなしでは、もっとひどくなってしまうのではないでしょうか?」
 私のクリニックを訪れる患者さんの誰もが、最初はまったく同じことを口にされます。
 できることなら、一日も早くステロイドをやめたい。
 しかし、ステロイドはただの「塗り薬」や「かゆみどめ」ではありません。まったく違うものだと理解してください。
 ステロイドとは「副腎皮質ホルモン」のことで、本来は自分の身体の中の副腎という器官でつくられる物質です。
 炎症を鎮める働きに優れており、かゆみや腫れが驚くほどひいていきます。ですから、 約40年前から、ステロイド外用剤(塗り薬)がアトピー治療の中心として使われてきました。また、ステロイドの内服や注射は、かなり重症の場合にごく短期間行われることはありますが、アトピーの治療では一般的ではありません。
 ちなみに、ステロイド外用剤には強さの種類があります。強いほうから順に、「ストロンゲスト」「ベリーストロング」「ストロング」「ミディアム」「ウィーク」の5段階があり、部位、皮膚症状に合わせて使い分けます(表3参照)。ただし使い分けるには高い専門知識が必要です。
 ステロイドをやめたいという患者さんが、一番心配しているのは副作用です。ステロイドの副作用として、次のような症状が確認されています。
 ○ 細胞増殖抑制作用による皮膚萎縮(いわゆる「皮膚が薄くなる」と表現される症状)
 ○ 免疫抑制作用にともなう皮膚感染症の誘発
 ○ ホルモン作用による多毛や酒さ(赤くなること)
 ○ 末梢血管の拡張
 また、長期間ステロイド外用剤を使用すると、体内でステロイドホルモン(副腎皮質ホルモン)をつくれなくなるのではないかと心配する人がいますが、ベリーストロング・クラスの外用剤を1日5〜10グラム、3カ月間使用した場合、一時的に「副腎抑制」が生じるのみで、体内でステロイドをつくる機能が回復しないような全身性の副作用はないことが確認されています。
 つまり、こうした副作用を踏まえたうえで、ステロイドとどうつきあっていくかが大切なのです。
 副作用を避けるために、ステロイドを長期間は使用しない、とくに顔面に強い薬を長期間は使用しないのは、処方する医師の間では常識です。そしてステロイド使用が長びくのを避けるためには、はじめに炎症が十分に抑えられる強さの薬を使用し、徐々に弱いものに変える使用法がよいとされています。
 しかし現実には、ステロイド外用剤を長期間、それも10年、20年塗りつづけてしまうケースは少なくありません。なぜ、そうなってしまうのでしょうか。
 その理由は、ステロイドを初めて使用するときに、症状を十分に抑えられないような弱いステロイドを処方するからです。そのため炎症を抑えきれず、結果的にステロイド使用が長びいてしまうことにあります。また、患者さんが転院を繰りかえすたびに、ステロイドによる治療が始まるため、トータルで何年も塗りつづけることになってしまうことも関係しています。
なぜステロイド使用が一般的なのか?
 ステロイドが治療に一般的に使われる一番の理由は、ステロイドには優れた「抗炎症作用」があるからです。
 ステロイドを塗れば、気が狂いそうなかゆさから逃れることができます。夜ぐっすりと眠ることができ、炎症が治まるので皮膚もきれいで、仕事も問題なく続けられます。日常生活をアトピーにふりまわされずに過ごすことができます。つまりステロイドは、患者さんのQOL(生活の質)を守るために処方されるのです。
 そして、もうひとつ皆さんに知っていただきたい大事なことは、ステロイドは症状を抑える目的で使われる薬であって、アトピー性皮膚炎を完治させる薬ではないことです。それは、ステロイドを使いつづけてきた皆さんがそう感じているだけではなく、治療する側もそのことを十分に知ったうえで処方しているということです。
 日本皮膚科学会の「アトピー性皮膚炎治療ガイドライン」には、アトピー性皮膚炎の治療目標と薬物療法について以下のように記されています。
○ 治療の目標は患者を次のような状態に到達させることにある。
 (1) 症状はない、あるいはあっても軽微であり、日常生活に支障がなく、薬物療法もあまり必要としない。
 (2) 軽微ないし軽度の症状は持続するも、急性に悪化することはまれで悪化しても遷延(長びくこと)することはない。
○ アトピー性皮膚炎は遺伝的素因も含んだ多病因性の疾患であり、疾患そのものを完治させうる薬物療法はない。よって対症療法を行うことが原則となる。
 要するに、アトピー性皮膚炎自体を完治させる薬物療法はなく、症状をなくしたり軽減させたり悪化させないための対症療法が原則であると明記されており、そのためにステロイドが処方されつづけているのです。
 皆さんがこれまでどのような目的でステロイドを処方されてきたのか、わかっていただけたでしょうか。
 ステロイドは患者さんのQOLを上げるために効果があるから処方する。これは眠れない症状に苦しむ患者さんにとってとても必要な考え方です。ここまでは私も同じ考えです。
 しかし、ステロイドを治療の中心にすえるということは、アトピーの完治をあきらめて、QOLを上げることに専念することを意味しています。このことに関しては、私はまったく別の考えをもっています。
 私は、ステロイドを使った治療はあくまでも応急処置であると考えます。風邪をひいて高熱が出たら解熱剤を使うのと同じです。ところが、熱が出るたびに解熱剤を使うばかりで、風邪をひかないような身体をつくらなかったのなら、同じことの繰りかえしです。
 ステロイドも同じなのです。ステロイドは長期間使用すべき薬ではありません。それならばステロイドをやめるための身体づくりを積極的に行う必要があるのです。
ステロイドには正しいやめ方がある
 私のクリニックに来る患者さんがステロイドをどう思っているかは、次のいくつかのパターンに分けられます。
 ○ とにかく一刻も早く縁を切りたい
 ○ やめたいが、塗らないと生活に支障が出るのでやめられない
 ○ ずっと塗りつづけていて、最近効かなくなってきたのでどうしようかと迷っている
 なかにはごくまれですが、納得してステロイドを塗っていこうと決めている方もいます。もっとも、このような方は私のクリニックに来院されることはありません。また、アトピーの症状が出たばかりで治療歴も浅く、ステロイド以外の治療を知らないため、塗ることに抵抗がない方もいます。
 しかし、先にあげたように、ステロイドをやめたいと思っている方が圧倒的に多く、ステロイドを使っていること自体がストレスになっている方も少なくありません。
 ところが、こうした人たちの中でも、すぐにステロイドがやめられる人は、ある程度の条件がそろっている人だけなのです。ここでは簡単に紹介しておきますが、「皮膚が丈夫な人」「身体が丈夫な人」「これまであまり塗らなかった人」です。それ以外の人が、すぐにやめるのは大変危険なことで、とくに避けたいのは次のような人です。
 ○ 長年(何十年も)ステロイドを塗った人 
 ○ もともと皮膚が薄く短期間のステロイド使用でもダメージを受けている人
 ○ 塗ったりやめたりを繰りかえし、症状が複雑化している人
 ○ 体質や症状に合わない治療法を行い、症状を複雑にしてしまった人
 ○ つい最近までステロイドを塗っていた人
「今朝も塗りました」という人は、まず間違いなく、その日にやめただけで炎症が出ます。
 私はこのような状態の方には「一刻も早くやめたい」といわれても、きちんと説明したうえでステロイドを処方します。その場合「やめたくてこのクリニックに来たのに」とがっかりされてしまうこともあります。やめたい人が全員、すぐにやめられるわけではありません。
 しかし、ぜひ理解してください。ステロイドは単にやめればいいものではありません。自力で皮膚がつくれるようになるのを確認しながら、徐々にやめるべきなのです。そうしないと皮膚の炎症が他の部位にも広がり、もっとつらい思いをすることになります。そして皮膚の再生の妨げになり、完治までかえって遠まわりする結果を招きます。
 ステロイドは、ただ漫然と塗っていればよいわけではありません。大事なのは「何のために使うのか」であり、応急処置的に、あくまでも症状を抑えるために使うべきなのです。ですから、塗りつづけていればいつか自然にいらなくなるものでもありません。
 応急処置で使用している間に、自力で皮膚をつくるための治療と身体づくりを積極的に行い、そして身体と皮膚の準備ができてきたらステロイドの量を減らし、間隔をあけて徐々にやめていくのです。これが私の考える正しいやめ方です。
 私のクリニックで治療を続けるうちに、すぐにはやめられない人も必ずやめられる日が来ます。
 私の行うアトピー治療において、ステロイドをやめることは、目的でもゴールでもありません。ステロイドをやめることは、自力で皮膚が再生しはじめた結果であり、そこから「完治」に向けての新たなステップが始まるのです。
今までの治療歴が皮膚に与えたダメージは?
 ステロイドをすぐにやめられるかどうかは、ステロイドによって、あなたの皮膚がどこまでダメージを受けているのか、現在の症状によっても変わってきます。皮膚は表面から皮脂膜、表皮、真皮、皮下組織で構成されており、皮下組織へと進むほどにダメージはひどくなっていきます。
(1)皮脂膜
 皮膚の表面がカサカサになり、バリア機能が低下する
(2)表皮
・角質層……水分を保持できず、皮膚が乾燥する
・顆粒層……皮膚に赤みが出る
・有棘層……皮膚に赤みが出る
・基底層……皮膚に赤みが出て、ジュクジュクしはじめる
(3)真皮
 ジュクジュクした滲出液が出る
(4)皮下組織、脂肪層
 ジュクジュクする、深い傷ができて痛い
 P119表4をみてください。あなたの皮膚は今、どんな症状ですか? 皮膚が乾燥してカサカサになっている程度なら、傷ついているのは「角質層」まででしょう。
 ところが、傷口から滲出液がにじみだして、ジュクジュクしている状態になると、すでに皮下組織である「脂肪層」まで傷ついているかもしれません。
 ステロイドなどを長期間、使いつづけると、これほどまで皮膚に影響を及ぼすこともあるのです。とくに生後6カ月以内にステロイドを用いた場合には、アトピー性皮膚炎が治りにくくなるといわれています。
 傷ついているのが皮脂膜や表皮までなら、ステロイドは比較的早くやめられますが、それ以上の場合は根気よく治療しながら、徐々にステロイドをやめていくことが必要です。
「皮膚タイプ」によって違う「ステロイド外用剤」の影響
 ところが、子どもの頃から同じようにステロイド外用剤を使っていても、皮膚の症状は人によって違います。その違いには、ステロイドと「皮膚タイプ」との組み合わせが、大きく関係しているのです。「皮膚タイプ」についてはP133でくわしく述べますが、皮膚のタイプはみんな同じではなく、人それぞれ厚さや性質の違いなどによって、いくつかのタイプに分かれます。
 たとえば、皮膚がもともと薄い人は、たとえ短い期間であってもステロイドのダメージを受けてしまうことがあります。ところが、皮膚がもともと厚くて丈夫な人は、すぐにはステロイドによるダメージを受けにくい傾向にあり、短期間で使用を終了していれば何も問題はないのです。
 しかし、皮膚が厚くてダメージを受けにくいからといって、長期間にわたってステロイドを使いつづけるとどうなるのでしょうか。表面には表れなくても、真皮や皮下組織といった皮膚の深い部分が線維化といってかたくなり、汗腺や血流の機能が著しく低下してしまいます。こうなると、回復までに相当の時間がかかることを覚悟しなければなりません。
 また、ステロイドには強いものから弱いものまでさまざまな種類があります。一見すると弱いステロイドのほうが安全のように思いますが、実は弱いステロイドも、強いステロイド同様に皮膚に吸収されます。弱いからといって、だらだらと長い期間使いつづけると、強いステロイドと同様に障害を受けることもあるのです。
アトピー治療の新しい外用薬「タクロリムス軟膏」
 ステロイド以外に、最近、多くの皮膚科で処方されるようになった外用薬に「タクロリムス軟膏」があります。ストロング・クラスのステロイドと同等の抗炎症効果があり、しかも皮膚萎縮を起こさないことが確認されているため、「ステロイドのような副作用がない」と説明を受けている人も多いと思います。
 この薬は、臓器移植の際の拒絶反応を抑えるために服用する移殖免疫抑制薬を、外用薬として開発したもので、1999年11月に販売が始まりました。開発の経緯からも明らかなように免疫抑制作用があり、それが優れた抗炎症作用をもたらすのです。
 ステロイドの副作用として問題視されている皮膚萎縮に関しては、顔面や頸部など、比較的皮膚の薄いところに「長期間」使用しても、皮膚萎縮は起こらないとされています。ちなみに妊婦への使用は安全性が確立されていないとの理由で認められていません。また15歳以下の小児への使用は、小児用の薬が2003年12月より認められています。
 しかし今のところ、私は使用するつもりはありません。私のクリニックにもこのタクロリムス軟膏を使っていたという患者さんがここ3〜4年で増えています。なかには3年間使いつづけたという人もいますが、私がみたところ、ステロイドとはまた違った状態の皮膚になるようです。
 このタクロリムス軟膏にも、問題点がないわけではありません。この薬の場合、ステロイドと併用していたケースがほとんどなので、どちらの影響が強いのか、まだはっきりとはいえませんが、この薬を使った皮膚は「無反応」になりやすい傾向があるようです。もともと皮膚の免疫反応を抑えるために開発されたのですから、それは当然かもしれません。
 しかし治療をする側からいうと、炎症はひどくならないけれど改善も表れにくい、非常にゆっくりとしか変化していかない皮膚、という印象を受けます。そんな反応のせいか、患者さんは「本当に効果が上がっているのだろうか、よくなっているのだろうか?」と悩むことになります。少し皮膚が厚くなったくらいでは、かゆみなども楽にならないからです。
酸化作用がある防腐剤入りは逆効果
 ステロイド外用剤、タクロリムス軟膏の影響は今まで述べてきたとおりですが、そのほかに見逃せないのが、「防腐剤」の影響です。
 あなたの皮膚はどんな色をしていますか? 赤いですか? 紫がかってはいませんか? ピンクがかっていますか? 黒ずんだ部分はありませんか?
 ○ 皮膚が黒ずんでいる
 ○ あるいは赤いけれど黒ずんでもいるために紫色にみえる
 ○ しかも、黒ずんだ部分がカサカサしている
 これらは、皮膚が酸化した状態を示しています。
 ステロイドやそのほかの軟膏、保湿剤などには、実は防腐剤が含まれているものが多く、この防腐剤を長い間使いつづけたために、皮膚が酸化してしまったのです。
 もしも、「炎症はある程度落ちついているのに、皮膚が黒ずんでいる」と感じるのであれば、抗炎症作用のある薬(外用剤)は、必要ありません。防腐剤入りの軟膏や保湿剤も、かえって逆効果です。
 こうした症状の人に必要なのは、天然由来の保湿剤やオイルです。抗酸化作用のある、天然成分のみでできた保湿剤でケアするのが一番です。
 これまで述べたように、患者さんがどのような皮膚タイプの持ち主であっても、どのような薬を今までどれだけ使ってきたとしても、私がクリニックで行う治療は基本的に変わりません。「体質を改善する」「皮膚を厚く丈夫にする」「皮膚の免疫力を取り戻す」……今まで治療してきた患者さんをみても明らかなように、たとえ変化はゆっくりでも、皮膚は確実によくなりはじめます。大切なのは、焦らないことです。
解説●生まれながらに備わっている複雑怪奇な免疫のしくみとは?
 身体に侵入する異物を排除するしくみ
 ここで、もう少しくわしく免疫について説明しておきましょう。
 免疫には、生まれながらに備わっていて、どんな異物に対しても反応する「自然免疫」と、生後に備わるひとつの病原体にだけ反応する「獲得免疫」の2種類があります。たとえていえば、普通の軍隊と特殊部隊のようなものでしょうか。
 特定の伝染病に対して免疫ができるという場合は、「獲得免疫」にあたります。
 免疫とは自分の身体の中に自分でない異物が入ってきたときに処理・排除するしくみです。
 身体に侵入してくる異物には、細菌やウイルスのほかにさまざまな微生物、環境中のほこりや花粉、蚊や蜂に刺されたときの毒素、食べ物に含まれる成分などがあり、免疫はこれらすべてに対応できるように極めて複雑なシステムをつくりあげています。このシステムは大きく「細胞性免疫」と「体液性免疫」の2つに分けられます。
「細胞性免疫」とは、病原体が体細胞に侵入してその中で増殖を始めた場合に主に働く免疫システムです。白血球のひとつであるT細胞(Tリンパ球)が主役となって、病原体や病原体にとりつかれた細胞を自ら攻撃したり、白血球のひとつであるマクロファージ(大食細胞)が異物をとりこんで処理するのを助けるのです。
 たとえばインフルエンザウイルスが呼吸器の粘膜細胞にとりついて炎症を起こしたときに、とりつかれた粘膜細胞ごとウイルスをやっつける場合がこれにあたります。
 一方の「体液性免疫」は、目や鼻や口、胃腸などの粘膜、または皮膚を通して異物が身体に入ってきたときに、主に働きます。血液や体液中にある白血球のひとつであるB細胞(Bリンパ球)が、入ってきた異物に合わせてこれを無害化する物質をつくりだすのです。異物を「抗原」、無害化する物質を「抗体」と呼びます。抗原となる細菌や毒素が体内に入ってきたとき、その抗原にぴったり合う抗体をつくりだして結合させ処理するのです。
 この体液性免疫の多くをIgAが占めているのです。
コラム●アトピー撃退の生活チェック
 自律神経の乱れを起こす夜型生活から、朝型人間へ!
 あなたはいつも、夜は何時に寝ていますか?
 仕事や家事に追われて、そうそう早くは寝られないのが現状かもしれませんが、アトピーを早く治したいのであれば、なるべく夜11時までには横になりましょう。
 実は夜10時頃になるとホルモンバランスが変わり、皮膚の再生が始まるのです。
 夜型の生活は、自律神経の乱れを引きおこし、体調を狂わせます。免疫力の低下を招き、当然皮膚にも影響を及ぼします。
 たとえば、趣味の時間を確保したいなら、今までより1時間早く起きてはいかがでしょう。慣れるまでは落ちつかないかもしれませんが、慣れてしまえば頭も冴えて、早起きが気持ちよくなってきます。
 夜と違って、いつまでもズルズルとやり続けるわけにもいきませんから、生活サイクルも整います。
 アトピー性皮膚炎の子どもたちに夜ふかしが多いのは、偶然ではなさそうです。
 かゆくてなかなか眠れないなど、理由もあるのでしょうが、小学生以下の子どもなら9時には布団に入る習慣をつけたいものです。
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