股関節で腹痛、不整脈を一秒で治す
著者:礒谷圭秀
第1章------背骨と足の関係を考える
人間の骨格を家にたとえると
 私が礒谷療法のことを説明する際に、よく使うのが家の構造体との比較です。
 まず、木造住宅の構造を思い浮かべてみてください。家を建てる時、最初にコンクリートで「基礎」をつくります。コンクリートが固まって基礎ができると、その上に木材の「土台」を設置し、土台の上に「柱」を立てることは皆さんもご存じのことでしょう。
 これを人間にたとえると、基礎は脚であり、土台は骨盤、柱は背骨に相当することになります。
 基礎は文字どおり、軸組構造の“基礎”となるもので、工事の際には厳密に水平を測り、どの場所でも高低差が出ないように設計・施工されますが、人間の骨格もまた、両足が水平に着地して、水平に骨盤を支えていることが必須条件になっているのです。
 ところが、基礎が水平でなければ、どうなるか。
 基礎工事が終わって大工さんが現場に行ったところ、基礎が水平になっていない。日程や予算が厳しくて、基礎工事のやり直しができないとなると、建物の水平を保つために、土台を工夫することになります。
 あるいは土台に手をつけられないのなら、柱に工夫をして水平と垂直を保たなければなりません。
 ところが、そうして出来上がった家は、当然のことながら強度に不安のある欠陥住宅になってしまいます。いわゆる手抜き・欠陥工事の出現です。
 人間もまた同様に、足の長さが違ってしまえば、そのゆがみを吸収するために、骨盤が傾斜します。骨盤が傾斜すれば、そのゆがみを吸収するために背骨がねじれるというように、両足の長さが均等であらねばならないことが、重要であることがおわかりいただけるでしょう。
まず、股関節の構造を知る
「両足の長さが違うなんて、事故かなにかで、足の一部を切断したのでは?」
 と思われる方もいらっしゃることでしょう。
 しかし、実際には多くの方の両足の長さが均等ではありません。それも、事故や手術で切ったり伸ばしたりしたものではなく、“自然”に長さが違ってきているといえば、驚かれるでしょうか?
 そこで、股関節に注目してみることにしましょう。
 股関節は医学的には全動関節と呼ばれており、前後左右のどの方向にも動かすことができます。フィギュアスケートのビールマン・スピンや中国の雑技団、あるいは新体操の競技などで、驚くほどの股関節の自在性を見ることができます。
「よくあんな角度で足が開けるものだ」「あそこまでエビ反りして、関節は大丈夫なのか」と見ている人が心配になるほど、股関節は前後左右の動きに対応することができるのです。
 一般の人が大きく開脚したり、股関節に無理な動きをすると、必ず太股の内側に痛みが走るでしょう。しかし、これは股関節が痛みを訴えているのではなく、股関節を保護している筋肉や靭帯が悲鳴を上げているのです。
 それに、股関節には知覚神経がありません。ある日、なんらかの原因で股関節が転位し、変位角しても人間は痛みを感じることがないため、その変化を知ることができないのです。
 さて、なぜ股関節にこうした自在性があるのかというと、その構造に大きな特徴があるからです。
 いうまでもなく、骨盤は足の大腿骨と接合しています。その接合部分は、骨盤の真下でつながっているのではなく、骨盤の横の部分で接合していることが、手で触ってみておわかりいただけるでしょう。
 身体の重力を支えるためなら、骨盤の真下に股関節があるほうが理想的かも知れませんが、人間は立つだけでなく、二足歩行し、あるいは開脚し、ジャンプしたりと、さまざまな動きをします。そのために、現在のように股関節が骨盤の横に位置し、全動関節となっていることが欠かせないのです。
 つぎに、その接合の角度について見ることにしましょう。骨盤の左右には寛骨臼と呼ばれる大腿骨との連結部分があります。寛骨臼はその名前のとおり、臼のようなかたちをした窪みと想像してください。
 そこに大腿骨の先端部分である大腿骨頭がスッポリと収まっているのですが、大腿骨頭部分は大腿骨に対して緩やかに開いたL字型をしています。
 つまり、正面から人体の骨格を見ると、骨盤の斜め下に大腿骨頭が接合し、大腿骨頭から下の大腿骨は、地面に対して垂直になっているというのが、正常な状態なのです。大腿骨と大腿骨頭の角度は約130度で、こうした構造は股関節と大腿骨だけに見られる特殊なものです。
 腕と肩を連結する肩関節にも見られませんし、足の膝関節や足首の足関節にも見られません。つまり、股関節だけが微妙な角度の構造となっている大腿骨と接合しているということになります。
股関節の「外旋」「内旋」「外転」「内転」で足の長さが違ってくる
 前述したように、股関節は全動関節であるため、前後左右に自在に動きます。歩くとき、運動するとき、あるいは日常生活でも前後左右に自在に動くことによって、私たちはスムーズなからだの動きをすることができるのです。
 ところが、その際に転位が発生してしまうことがあります。転位とは、ねじれや回転のことを指しますが、この転位が発生すると、股関節に変位角を引き起こしてしまうのです。
 変位角とは、大腿骨が骨盤に対して異常な接合角度になってしまうことで、それを大きくわけると「外旋」「内旋」「外転」「内転」の4つになります。
 まず、「外旋」「内旋」ですが、これらは大腿骨の回転を意味します。つまり、正常な状態では気をつけの姿勢をしたときに、足の爪先は正面を向いています。ところが、「外旋」すると爪先はからだの外側に、「内旋」すると爪先はからだの内側に向くということになるのです。
 つぎに「外転」「内転」ですが、これは大腿骨が正面から見て、外側に開いているのが「外転」となり、逆に内側に入り込んでいるのが、「内転」ということになります。これをわかりやすくいうと、「外転」は“がに股”や“O脚”であり、「内転」は“内股”や“X脚”ということになるでしょうか。
 実際のところ、こうした状態は「外旋」「内旋」と複合していることが多いため、一概に決めつけることができません。しかし、これらの股関節の変位角は、それぞれに大腿骨頭が骨盤の寛骨臼に対して、異常な角度で接合しているという状態であることを理解してください。
足の長さが違ってくると脊柱がゆがんでしまう
 こうした変位角が発生すると、足の長さが微妙に違ってきます。
 礒谷療法では、股関節が「外旋」あるいは「外転」すると、その側の足が長くなり、「内旋」あるいは「内転」すると、その側の足が短くなると説いています。
 つまり、骨盤の寛骨臼に大腿骨頭がどのようなかたちで接合しているかによって、足の長さが違ってくるという理論です。これは股関節が全動関節であるために引き起こされる現象で、同じ足の関節でも膝関節や足関節では、足の長さに関係する“ズレ”は発生しません。股関節は特別に柔軟な働きをするために、こうした両足の長短差を生み出してしまうのです。
 つぎに、両足の長さが違ってくると、人体はどのように対応するかについて考えてみましょう。
 左のイラストは、左足が長くなってしまったケースのものです。イラストにあるように左足が長くなると、骨盤はその傾斜を吸収するために骨盤の左を高くして両足の長さを調整しようとします。
 立つこと、歩くことは人間の基本動作で、人間は無意識のうちに両足の長さを揃えて、こうした基本動作に無理がないように調整してしまうのです。
 さて、骨盤が傾くと今度は背骨(脊柱)が反対側に傾斜してしまうことになります。これもまた日常生活に不便なことになりますので、背骨は緩やかにカーブして、この傾斜を吸収しようとするのです。
 すると背骨は右から左に倒れ込むようなかたちになり、肩の水平線は背骨の動きに従って左下がりになってしまいます。
 要するに骨盤が左上がりになれば、肩は左下がりになることによって、左右のバランスを取ってしまうわけです。さらに、肩から上の首と頭もこの影響を強く受けることになります。
 肩の水平線が左側に下がってしまうと、首(頚骨)は地面に対して垂直であろうとします。そうしないと、頭(頭蓋骨)が常に傾いた状態になり、日常生活に支障をきたしてしまうからです。
 そのため、今度は頚骨が右に傾斜して頭や顔を水平に保とうとします。このように、股関節が変位角してしまうと、全身に影響をおよぼしてしまうのです。
 理想的な骨格バランスは、正中線を中心にして左右対称になっていることです。正中線とは、からだを正面から見て、縦に真っ直ぐに分割する線のことで、頭頂から足の爪先まで、左右対象になっていることが基本中の基本となっています。
 ところが、人間の正中線を調べてみると、およそ90%以上の人がゆがみを抱えており、左右対象になっていません。
 それに、先に紹介したイラストは人体を正面から見た“二次元的”な傾きだけを示していますが、実際には極めて複雑なねじれが発生しているのです。
 次ページのイラストは、脊椎の正面と側面を示したもので、脊椎は上部から頚椎、胸椎、腰椎、仙椎、尾椎の順で並んでいます。それを構成する椎骨の数は26個で、不安定な積み木のような形状で数珠繋ぎになっているといえるでしょう。
 四足歩行の脊椎動物は、この脊椎が家にたとえると「梁」になります。つまり構造体の横の部材になるわけですが、二足歩行の人間の場合は縦の部材である「柱」になるのです。
 そのため人体の脊椎は、「脊柱」とも呼ばれていますが、脊柱は家の柱のように真っ直ぐになってはいません。
 重い頭を支え、肩や胸、腕、胴の負荷を受け止めるために、ゆるやかに弯曲しているのです。これを「脊柱の生理的弯曲度」と呼んでおり、イラストにあるようにS字型をしています。
 先に掲げたイラストは、股関節の変位角によって骨盤や脊柱、肩、頚骨などが、どのようにゆがむのかを平面(二次元)的に示したものですが、実際にはこのイラスト以上に複雑なゆがみとなります。
 骨格バランスの理想は、正面から見て左右対称となり、側面から見てゆるやかなS字型を描いていなければなりません。
 ところが、股関節の変位角が生じると、骨格バランスは正中線に対してS字型を描くようになり、側面では「脊柱の生理的弯曲度」が極端なS字になったり、弓形やねじれが発生してしまいます。
 これを立体(三次元)的に見れば、非常に複雑な骨格バランスとなってしまうのです。
脊髄は全身の神経ターミナル
 脊椎はこれまで述べてきたように、二足歩行の人間にとって骨格の柱となる重要な部位です。と同時に、脊椎には神経の中枢である脊髄が収められているのです。
 脊髄は脳と同じように、脊髄も灰白質と白質で構成される非常に傷つきやすい組織で、脳が硬い頭蓋骨に守られているように、脊髄もまた椎骨に守られています。椎骨と椎骨の間には軟骨でできた椎間板があり、椎間板は衝撃をやわらげるクッションのような働きをしているのです。
 さて、脊髄は脳幹の下端から腰椎の中ほどまで続いており、椎骨と椎骨の間から31対の脊髄神経が伸びています。脊髄神経は前後2本の短い枝のような神経根で構成されており、前にあるのが「運動神経根」、後ろにあるのが「感覚神経根」です。
 運動神経根は脳からの命令をからだの各部分に伝える働きをし、感覚神経根はからだの各部分からの情報を脳に伝える働きをしています。これを血管にたとえると、運動神経根は血液を送り出す動脈、感覚神経根は血液を心臓に戻す静脈ということになるでしょうか。
 ただ、血管と違うところは、運動神経根は主に骨格筋に対して脳からの命令を伝えてからだを動かしますが、感覚神経根は「痛い」「重い」「熱い」などの感覚を脳に伝えるということです。つまりその名前のとおり、運動神経根は「運動」を、感覚神経根は「感覚」を伝達する神経ということになるでしょう。
 また、脊髄の下端からは、馬の尾に似た馬尾と呼ばれる神経の束が伸びています。馬尾は下肢の運動と感覚をやり取りする神経束で、このように脊髄をターミナルとして全身の神経系統をコントロールしているのです。
 さらに脊髄は、反射神経の中枢でもあります。反射神経とは脳を介さない動きを指すもので、熱いものに触れたときに、とっさに指先を引っ込めるのは、この反射神経によるものです。
 脚気はビタミンB1欠乏による栄養失調の一種で、心不全と末梢神経障害を引き起こします。心不全によって下肢がむくむほか、神経障害によって下肢のしびれが起きることから脚気と呼ばれています。
 この脚気を診断する際に用いられるのが膝蓋腱反射です。神経障害が発生していなければ膝蓋腱部をゴムハンマーなどで打つと、大腿四頭筋が収縮して膝関節が伸転します。つまり、膝の皿の下を軽く打つと、足が伸びてピョンと真っ直ぐになるのです。
 これが脊髄反射の代表的な膝蓋腱反射で、脳の命令とは別に脊髄がとっさに判断して筋肉を動かすのです。
自律神経も脊髄につながっている
 さて、次は末梢神経の話です。末梢神経系は、1000億本以上の神経細胞で構成されており、糸のように全身に張り巡らされています。
 そして、末梢神経には脳神経と脊髄神経があり、脳神経は眼や耳、鼻、のど、頭、首などの部分と脳をつなぐ神経、脊髄神経はそれ以外のからだの各部分につながる神経を指します。つまり簡単にいってしまえば、首から上を脳神経が担当し、その下からは脊髄神経が担当していることになるのです。
 また、末梢神経には「体性神経系」と「自律神経系」の2つの系があり、体性神経系は、筋肉を意識的にコントロールし、皮膚の感覚受容器から得た情報を脳や脊髄につなぎます。感覚受容器の「感覚」とは前項で述べたように「痛い」「重い」「熱い」などです。
 前項で、脊髄から伸びている運動神経根と感覚神経根のことを説明しました。そこから延長する神経であるならば、末梢神経は体性神経系だけになるはずです。
 ところが、脊髄から伸びる神経根の先では何本かの脊髄神経が絡み合って、神経叢と呼ばれる神経のネットワークを形成しています。神経叢では、さまざまな神経線維が並べ替えられて再び組み合わされているのです。
 このことによって、からだのすべての部分に神経が行き渡り、一つの統合した情報が脊髄から脳へともたらされるのです。
 話が難しくなりましたが、脊柱と脊髄、そして神経の関係は、礒谷療法の理論を理解していただくためには欠かせません。今しばらく、ご辛抱ください。
 さて、自律神経は脳幹や脊髄と内臓をつなぐ神経系で、心臓の収縮速度(拍動)や血圧、呼吸数、胃酸の分泌量、食物が消化管を通過する速度など、無意識に体内で行われている生命維持活動の調整を行っています。
 たとえば激しくからだを動かしたあとで、誰でも心臓の拍動数や呼吸数を調整できないように、自律神経は人間の意志とは別に生命を維持するための重要な働きをしてくれているのです。
 さらに、自律神経には「交感神経」と「副交感神経」の2つの系統があります。交感神経は危機や極度の緊張にさらされたときに機能し、それに対応できるよう、からだを準備させます。具体的にいうと、危険な状況に直面したとき、脈拍が早くなり、血圧が上がって、呼吸数も増加するなど、いわゆる戦闘状態にシフトさせるのです。
 つまり興奮した状態にするのが交感神経で、強いストレスを感じた場合も交感神経が働きます。
 一方、副交感神経は逆に沈静化をもたらします。副交感神経が働くと、脈拍が遅くなり、血圧が下がって、呼吸数は少なくなります。つまり休息状態になり、内臓に働きかけて消化吸収を促すほか、睡眠に誘導するのです。
 交感神経と副交感神経はコインの裏表のように、どちらかが働いているとき、他方はその活動を抑制します。両方が同時に働くことがないよう、自律神経がたくみにコントロールしているわけです。
脊柱がゆがみ、神経を圧迫すると病気になる
 ここまで長々と、神経の話を進めてきました。
 結論を言ってしまえば、脊柱はからだを支える「柱」であると同時に、神経細胞のターミナルである脊髄の「収納場所」であることです。その脊柱がねじれて、あるいは曲がってしまったらどうなるか。
 それこそが本書で伝えたい内容なのです。
 さて、読者の皆さんは脊椎管狭窄症という病気をご存知でしょうか。脊椎には神経根の通り道である脊椎管や椎管孔と呼ばれる穴が開いています。
 椎骨と椎骨の間にある椎間板は衝撃をやわらげるクッションのような働きをしますが、これが変形し、押し出されると椎間板ヘルニアという病気になります。椎間板ヘルニアは腰椎で多く発生し、押し出された椎間板は神経を圧迫して激しい痛みを引き起こします。
 前述したように、腰椎の下の部分には馬尾と呼ばれる神経の束があるため、馬尾が圧迫されることによって下肢の痛みやしびれ、歩行障害などを引き起こすのです。
 椎間板ヘルニアは脊椎管狭窄症の一種ですが、これ以外にも靭帯の骨化や脊椎の老化、外傷などによっても引き起こされます。要するに何らかの原因で脊椎から伸びる神経根が圧迫、あるいは過剰な刺激を受けると、人間は健康を損なってしまうということなのです。
 そこで、話を礒谷療法の創始者である礒谷公良に戻しましょう。
 今から60年ほど前、公良は京都で整復師をしていました。そこでは主に小児マヒの後遺症である跛行治療に携わっていましたが、跛行の原因は両足の長さの違いにあることを発見します。
 そこで股関節を研究し、力学的手法によって股関節の転位を矯正する礒谷療法を考案しました。その効果は絶大なもので、噂を聞きつけた跛行障害を持つ患者さんたちが連日、公良の整骨院に列を成したといいます。ついには、跛行治療の専門医のようになってしまいました。
 そんなとき、公良はある患者さんの言葉を耳にします。
 その患者さんは高齢の女性で、右腕が上にあがらず、婦人科系の病気に長い間、苦しめられていました。公良が診察したところ、左足が右足と比べて5センチも長くなっていたのです。左右ともに股関節の転位があり、公良は即座に両股関節を矯正しました。たった1回の施術で、両足の長さが揃ってしまったのです。
「礒谷先生のところで、足の長さを揃えてもらったんだけど、これまで苦しめられてきた肩凝りが消えて、疲れなくなったの。右腕もあがるようになったし。おまけに疲れなくなったし、からだも軽くなったの」
 その患者さんは公良だけでなく、近所の人たちに話しているといいます。
 公良はそこで大きな疑問が浮かびました。もともと跛行の原因を突き止め、それを矯正することで、跛行障害を取り除こうと礒谷療法を始めた公良でしたが、もっと大きな効果があるのかも知れないと思うようになったのです。
 事実、公良が施術した患者さんから「慢性の下痢が治った」「頭痛が消えた」「不整脈が治まった」などの声を聞くことができました。  もちろん、跛行矯正のための施術ですから、「足をひきずって歩いていたのが、すっかりよくなった」「ひどい腰痛がきれいに治ってしまった」などの感謝の声がほとんどでしたが、礒谷療法は関節痛や跛行の改善以外に、もっと大きな“効果”があることを実感したのです。
 そこで、公良は数千、数万の患者さんを診ながら、自分自身も実験台にして脊椎(脊髄)と健康の関係を研究しました。
 薬剤師の出身である公良は、一般の整復師とは違って医学の基礎知識を身に付けています。これは余談ですが、公良の父である礒谷良之助は剣道の高段者だったそうで、剣道師範として渡米した経験があります。
 公良も父親から剣道を習い、さらには柔道も学んでついには柔道整復師、いわゆる町の “骨接ぎ”になったのですが、西洋医学と東洋医学の接点をいつも模索していたように思います。
 それはさておき、公良が礒谷療法を開始したのは昭和18年のことで、その後9年間の試行錯誤を経て、昭和27年に足の長さの違いと病気との因果関係を体系化させました。足型診断の確立にも17年の年月を要し、日常の矯正動作を編み出すのにも30年かかっています。
 そして、公良は長年の研究により、ついに脊椎とさまざまな病気との関連性を見つけだしました。それが左のイラストですが、脊柱のどの部分がゆがんでいるかを知ることで、障害が発生する臓器や器官が明らかになったのです。
 このイラストを見ると、脊椎から伸びている末梢神経の先にある臓器や器官が、脊柱のゆがみによって影響を受けることがわかります。  たとえば、胃は、胸椎から腰椎に続く脊椎から伸びる末梢神経の先に存在します。
 胃潰瘍になったとき、誰もが「食生活が悪かったのだろうか」「それともストレスだろうか」あるいは「ピロリ菌による影響だろうか」と考えることでしょう。
 ところが脊柱がゆがみ、該当する部分の神経が圧迫されて機能不全になったために、病気になるというケースも実際にはあるのです。
 前述したように、脊椎は末梢神経とつながっています。末梢神経には自律神経の系があり、生命維持活動を無意識に行っていますが、ここに障害が現れると確実に影響を受ける臓器や器官がでてくるわけです。
 そうした人は、いくら食生活を変えて薬を飲んでも、あるいは手術をしても根本的な治療にはなりません。
 脊柱のゆがみによって神経が圧迫され、自律神経の働きが阻害されているため、その根っこになる脊柱のゆがみを正さない限り、治ることはないのです。
 こうした研究は最近になってさかんに行われるようになってきましたが、少し前までは「脊柱がゆがんで胃潰瘍になったなんて、バカなことを言うな」と、誰も認めようとはしませんでした。
 礒谷療法によって健康を取り戻した方々の症例については次章で述べますが、他の療法と礒谷療法との相違点を本章の最後に加えることにします。
股関節転位に注目したのは礒谷療法だけ
 一般の方に礒谷療法の概要を説明すると、「ああ、カイロプラクティックのようなものですね」と反応が返ってくることが多いのですが、礒谷療法とカイロプラクティックは似て非なるものです。
 カイロプラクティックは1895年にアメリカで創始された脊椎矯正療法で、礒谷療法と同様に、手術や投薬、機械を使わずに手技で脊椎のゆがみを治します。カイロプラクティックの根本理論は「脊椎の椎骨がズレて神経が圧迫されると、神経機能が阻害されてさまざまな症状が発生する。そのため、手によって脊椎のズレを矯正して身体の機能を回復させる」というものです。
 確かに脊椎のゆがみが万病を引き起こすという着眼点は礒谷療法と似ています。
 しかし、カイロプラクティックでは単に脊椎のズレを矯正することを中心に置いているようです。
 事実、カイロプラクティックの教本の冒頭には「骨盤を形成している両側の腸骨と脊柱(仙骨)との関節である仙腸関節の異常が脊柱に影響しているのであって、それを支えている股関節の異常(左右の足の長短)とは関係がない」と言い切っています。
 また、カイロプラクティックの施術所で話を聞いてみると、「カイロプラクティックの手法では、左右の足の長さが違う場合は、長いほうの足を押し込み、短いほうの足を牽引するといいと教えられた」と言います。
 カイロプラクティックは素晴らしい手技療法で、その効果のほどを私たちは否定しませんが、こと股関節に関しては礒谷療法と考え方が大きく異なるようです。
 前述したように股関節はデリケートな関節で、無理に押し込んだり、牽引したりすると別の障害が発生してしまいます。ケースによっては無理に牽引して、短くなっている足を長くすると心臓マヒを引き起こしてしまうこともあるのです。
 カイロプラクティックの理論は「ゆがんだ脊柱を矯正して、神経の圧迫を解消することで健康になる」ということで、主に脊柱のゆがみを重視しています。
 ところが、「なぜ、脊柱がゆがむのか」という点には言及していません。
 言葉は悪いですが、こうしたものはいわゆる対症療法のようなもので、「風邪を引いて熱が上がったから、熱が下がる薬を飲む」というような感じがします。根本的な治療とは、「なぜ、風邪を引いてしまったのか?」「風邪を引かないようにするためには、どうすればいいのか?」ということなのです。
 脊柱のゆがみを矯正することは非常に大切なことですが、その原因を取り除かないと、再び脊柱はゆがんでしまいます。
 本章の前段で、股関節が「外旋」「内旋」「外転」「内転」すれば、両足の長さが違ってくると述べました。そして、骨格を家の構造にたとえて、足は基礎、骨盤は土台、脊柱は柱だとも説明したはずです。
 柱を真っ直ぐに立てるためには、まず基礎を水平につくらなければなりません。基礎が傾いたままでは、土台も傾き、柱も傾斜してしまいます。柱だけを治す(脊椎矯正)、あるいは土台だけを治す(骨盤矯正)だけでは限界があるのです。
 つまり、その大本である基礎を水平にする(両足の長さを揃える)ことこそが、もっとも重要なことであることが、おわかりいただけたと思います。
 これまで述べてきたことをまとめると、脊椎には全身の神経系統をコントロールする脊髄が収められています。脊髄から伸びる神経根は脳の命令を筋肉に伝えるだけでなく、さまざまな感覚を脳に伝えます。
 さらに、脊髄反射という脳を介さない命令を発信するほか、生命維持には不可欠な自律神経も脊髄につながっています。
 脊髄を損傷すると下半身に障害がでる、あるいは左右の半身が動かなくなるということはよく知られています。しかしなぜそうなるかについては、運動神経だけを見て自律神経には目を向けていないことが多いのです。
 脊柱に収められた脊髄と全身に張り巡らされた末梢神経、自律神経の深い関わりを公良は60年前に発見したのです。
生体力学を応用した無痛の矯正法
 礒谷療法はカイロプラクティックと同じく、手術や投薬、機械を使わない手技療法であることは前述しました。
 公良にとって幸いだったのは、薬剤師としての西洋医学の知識と整復師としての東洋医学の知識を併せ持っていたことです。西洋医学だけなら、足の長さの違いによって脊柱がゆがむのなら、手術や矯正具、あるいは機械を利用した療法を考案したことでしょう。
 当時、公良は数千、数万の患者さんを診察し、自らレントゲン写真を撮影して股関節の転位について研究しました。
 現在では、専門のレントゲン技師が撮影しますが、そのころは整復師でも撮影できたのです。当時は放射線被爆に対する危険性も明らかにされておらず、そのため公良は大量の放射線を浴びることになってしまいました。
 それはさておき、股関節は全動関節であり、日常のなにげない動作で簡単に転位してしまうこと、さらにはそれを手技によって簡単に矯正できることを発見したのです。
 礒谷療法の正式名称は礒谷式力学療法ですが、なぜ力学という言葉が使用されているかについては大きな理由があります。
 力学には、力の均衡を指す「静力学」と力と運動の関係を指す「動力学」の2系統があります。手技療法と聞くと、施術者が「エイッ」と力をかけて患者さんの関節を強制的に矯正するイメージがありますが、これは動力学に属する施術になります。
 一方、静力学による矯正は、ヒザや足首をしばって寝るだけのものや正座するだけのものもあります。こうした矯正法は静力学の理論を導入したもので、まさしく全身の力の均衡を利用して穏やかに矯正する方法です。
 礒谷療法は動力学と静力学を融合させた療法で、施術においてはまったく痛みを感じません。前段で説明したように、股関節には知覚神経がないため、外力を用いたり、自力で矯正しても痛みを感じないのです。
 股関節を矯正して両足の長さを揃えれば、骨盤が水平になります。骨盤が水平になれば脊柱は真っ直ぐになり、全身の骨格バランスが左右均等になるのです。
 肩が痛いからといって、肩の周辺の関節や筋肉に力を加えると、当然のことながら痛みが発生します。ところが、股関節を矯正して全身のバランスが整えば、自然に肩の痛みも和らいでいき、ついには肩痛もなくなってしまうのです。
 こうしたものは、とてもわかりやすい礒谷療法の効果ですが、股関節を矯正することで胃腸の調子がよくなった、心臓の不整脈が治った、重い冷え性が改善されたなどの驚くべき効果も得られます。
 そうした症例については、次章で詳しく説明することにしましょう。
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