「病院語」がわかる本
著者:チームM1
はじめに
 まず、あなたにお聞きします。「インフォームドコンセント」という言葉をご存じ でしょうか。  ここ数年、マスコミなどでも取り上げられることが多くなった「インフォームドコンセント」ですが、これを直訳すると「説明と同意」ということになります。
 つまり、医療現場で医師が治療法などについて十分な説明をし、患者さんがそれを正しく理解して同意することをいうのですが、はたしてどれだけの患者さんが医師の 言葉や説明を理解できているでしょうか。
 というのは、病院には一般社会にはなじみのない特殊な言葉や用語が溢れているからです。
 医師や看護師、薬剤師など、医療現場に携わる人たちは日常的にそうした言葉や用語を使って意思の疎通を図っていますが、外部の人間にしてみれば、それを理解することは極めて困難なことです。
 患者さんからすれば、「もっとわかりやすく説明してほしい」となるのでしょうが、医師や看護師にしてみれば、その言葉や用語が的確にその状態やモノ、処置などを表 しているため、自然に口をついてしまうのです。
 その結果、医師や看護師は「なんで、こんなことが理解できないのだろう」となり、患者さんは「小難しい言葉を並べて、煙に巻こうとしているのか」となって、ますます両者を隔てる溝が広がってしまいます。
 独立行政法人の国立国語研究所が平成16年に実施した調査によると、8割を超える国民が「医師が患者に対して行う説明の言葉のなかに、わかりやすく言い換えたり、説明を加えてほしい言葉がある」と回答しています。
 また、同研究所が平成20年に実施した調査では「寛解(かんかい)」や「QОL」という言葉を見聞きしたことのある国民は2割未満であり、「膠原病(こうげんびょう)」や「敗血症」などの言葉を正しく理解している国民は4割に満たないと報告しているのです。
 そこである日、あなたやあなたの家族が突然の事故や急な病気で、病院を訪れたとしましょう。
 その際、医師が「あなたの症状は○○で、××の処置をして、必要であれば△△の検査をしましょう」といいます。しかし、専門用語を並べて説明されて、すぐ理解できるでしょうか。
 当然、あなたは「それはどのような症状で、どんな処置で、検査の内容は?」と聞きます。
 医師は「○○とはこういう症状で、××はこういうこと、△△とはこの症状に必要な検査で……」と、かいつまんで説明してくれるでしょうが、一般の人にはなじみのない言葉ばかりで、なかなか理解しづらいものです。
 それに医師にしてみれば、一人の患者さんに長々と時間をとられてしまうと診療の効率が下がってしまいます。
 大病院になると、「2時間待ちの5分診療」という言葉があるように、待合室は多くの人でごったがえしています。そうした状況のなか、こんな時間的ロスを発生させた くないと思うのは誰しも同じでしょう。
 しかし、先に触れたように「インフォームドコンセント」は患者さん中心の医療が望ましいとする概念で、これをおろそかにすることはできません。
 そこに、医師と患者さん双方のジレンマが発生してしまうのです。医師は「どう話せば理解してくれるのだろう」、患者さんは「なぜ理解できる話をしてくれないのだろう」と。
 患者さん中心の医療とは、患者さんが自らの意志で医療を選択することにほかなりません。
 そして、医療を選択するためには理解が必要であり、医療従事者は患者さんが理解できるよう、わかりにくい言葉をわかりやすくする工夫が求められているのです。
 そこで、前出の国立国語研究所では、「病院の言葉」委員会を設置し、 "「病院の言葉」をわかりやすくする提案" を行っています。
 これは医療の専門家と言葉の専門家が協力して、「病院の言葉」を少しでもわかりやすくしようというプロジェクトです。
 本書に記載されている言葉や用語は、このプロジェクトから抽出されたものを中心にしています。つまり専門家が指摘した、患者さんが理解しづらい言葉や用語を重点 的に解説したものです。
 それは、一般には知られていない言葉や用語のほか、患者さんの理解が不確かなもの、あるいは患者さんに理解を妨げる心理的な負担があるものなどで、医療の現場では日常的に飛び交っている言葉や用語でも一般には理解が乏しいものばかりです。
 現代社会では、さまざまな情報が溢れています。
 テレビやラジオ、新聞・雑誌のほか、インターネットでも容易に各種の情報を入手することができます。
 ところが、そうした情報がはたして正確に伝わっているのか、あるいは往々にして誤解されていることが少なくありません。
 例えば「メタボリックシンドローム」という言葉がありますが、正確には「内臓に脂肪がたまることによって、さまざまな病気が引き起こされる状態」のことをいいます。
 しかし、マスコミの一部では「メタボ」と略して、単なる肥満を揶揄するように使用されているケースをしばしば見かけます。
 内臓脂肪と皮下脂肪はまったくの別物であり、やせている人でも内臓脂肪がたまっていれば「メタボリックシンドローム」の危険性は高くなるのです。
 また、「腫瘍(しゅよう)」という言葉を聞くと、多くの人は「癌(がん)」と直結させてしまいますが、腫瘍には良性と悪性があり、悪性の腫瘍のみが癌と呼ばれます。
 医師が「画像検査の結果、腫瘍が認められました」と患者さんに告げると、患者さんは腫瘍イコール癌と思い込み、それが良性のものだと説明しても疑うばかりだった という事例も報告されています。
 このように、患者さんの不理解はすべてが医師の責任ではなく、患者さん本人の誤解や思い込みによるものも少なくありません。
 本書では、そうした言葉や用語をできるだけ実例に沿って解説していきたいと思っています。
 国立国語研究所の__「病院の言葉」をわかりやすくする提案_≠ヘ医療従事者に対してのアプローチですが、患者さんもまた病院で使用されている言葉の意味を知る必要があるのではないでしょうか。
 どういうケースで医師がその言葉を使うのかを知れば。自ずとあなたやあなたの家族が置かれた状況が把握できるはずです。
 さらに、こうした言葉や用語は長年にわたって使用されてきた歴史のあるものであり、そうしたものは医療従事者に染みついてもいます。
 それを患者さんが、わかりやすくなるよう工夫することは重要ですが、患者さんもまた、その言葉や用語が持つ意味を知ることで、医療に対する理解が深まるという期 待もあるのです。
 なお、本書は医療ジャーナリストやメディカルライターの有志が集まって執筆しました。
 それぞれ健康・医療雑誌や専門医学書、健康実用書などで実績のある執筆陣ですが、本書中の実例紹介などで、個々の患者さんや医師が特定されるおそれがあるため、本書では著者をチームM1とさせていただきます。
 本書が一般の方々に、医療現場の理解を深める一助となることを願ってやみません。

           チームM1代表