「病院語」がわかる本
著者:チームM1
本文
悪性腫瘍 (あくせいしゅよう)
 腫瘍には悪性と良性があり、「悪性腫瘍」は一般に癌(がん)と呼ばれています。厳密にいうと、皮膚や粘膜にできるものを癌、骨や筋肉、神経にできるものを肉腫(にくしゅ)といいます。
 悪性腫瘍は大きくなって周囲に広がったり(浸潤)、血流に乗って違う臓器に移ったり(転移)して、生命に危険を及ぼします。
 一般に、悪性腫瘍という言葉の認知率は高く、理解率も高いのですが、医師にしてみれば患者さんに「悪性腫瘍です」、あるいは「癌です」と告げるのは大いに迷うところなのです。
 というのも、患者さんによっては悪性腫瘍が癌ではないと誤解して、治療を拒否したり放置するケースがあるからです。逆に、癌と告知されることで大きなショックを受け、治療に対する意欲を失ってしまうケースもあることから、医師は慎重に言葉を選びます。
 国立国語研究所の調査によると、悪性腫瘍は癌よりも危険性が小さいという誤解が24・8%もあり、反対に悪性腫瘍は癌よりも危険性が大きいという誤解が17・5%もありました。

イレウス (いれうす/ileus)
 いわゆる腸閉塞のことで、腸の一部が詰まって食べた物やガスが通らなくなっている状態を指します。
 腸管が塞がったり、狭くなったりすると、こうした腸閉塞を引き起こしますが、腸の運動が鈍っても腸閉塞となる場合があります。
 主な症状はおなかが痛くなってふくらみ、食べ物を吐いたり、便やガスが出なくなります。一般にはなじみのない言葉ですが、医療従事者の多く(医師52・2%、看護師・薬剤師34・7%)が患者さんに対して使っていると回答しています。
 外来語(カタカナ語)は医療従事者にとって使いやすい面があるため、つい使用しがちですが、患者さんにとっては腸の状態が認識しやすい腸閉塞のほうが理解は容易です。腹痛のために病院に受診したところ、医師から「イレウスですね」と告げられても、ほとんどの人は理解不能でしょう。こうした言葉は外来語を使わずに、従来から知られている腸閉塞を使用してもらいたいものです。

インスリン (いんすりん/insulin)
 かつてはインシュリンとも呼ばれていましたが、現在では日本糖尿病学会などで「インスリン」に統一されており、インスリンが一般的になっています。
 インスリンは膵臓で作られるホルモンの一種で、血液中のブドウ糖を細胞に取り込む働きをします。細胞はブドウ糖をエネルギーとして利用しているため、インスリンの量が少くなったり、働きが低下すると、血液中の糖濃度が高くなり(高血糖)、糖尿病[82頁参照]と診断されてしまうのです。医師から「インスリンによる糖尿病治療を始めましょう」といわれて、「自分の糖尿病は、重症なのだろうか」と不安に思われる方が少なくありません。
 しかし、インスリン治療は糖尿病のタイプや患者さんの状態などを総合的に判断して始めるもので、「インスリン治療=重度の糖尿病」というものではないことを理解してください。
 また、インスリン治療を始めると、一生続けなければならないとの誤解がありますが、高血糖の状態が改善されれば、飲み薬に変えることも可能です。
 インスリンは注射でないと効果がなく、現在ではインスリンの内服薬はありません。この治療は、決められた時間に、決められた量のインスリンを注射しなければならないため、自宅や出先で自らが注射を打つ「自己注射」が医師から指導されます。

院内感染(いんないかんせん)
 病院のなかで、患者さんがもともとかかっていた病気のほかに、細菌やウイルス[24頁参照]などを原因とする感染症に冒されることをいいます。
 MRSA[32頁参照]の院内感染が大々的に報道されたことにより、「怖いもの」との認識が一般には多くありますが、病院側では院内感染が広がらないようにさまざまな手段を講じており、見舞客にも簡単に感染・発症するわけではありません。
 院内感染が問題になるのは、病気によって抵抗力が低下した患者さんに対してで、処置が遅れれば命にかかわるケースもでてきます。
 また、「日和見感染(ひよりみかんせん)」という言葉があり、抵抗力が弱っている人であれば、誰でも感染するというものでもないのです。
 日和見という言葉は「成り行きをうかがう」意味があるため、誤解を招きがちですが、院内感染ではこうしたケースが少なからず見られます。

インフォームドコンセント (いんふぉーむどこんせんと/informed consent)
 直訳すると「説明と同意」で、医療現場では略称の「IC」が使われることもあります。
 病気の治療法について、医師が平易な言葉で説明し、患者さんがそれを理解し、納得したうえで同意するということで、「納得診療」とも呼ばれています。
 望ましい医療のあり方として患者中心の医療、あるいは患者さんが自ら選ぶことのできる医療が求められていますが、実際には、これを単なる "手続き" と捉えている医療従事者も少なくありません。
 難しい医療用語を並べられても一般の人は理解できず、医師は「なぜ、わかってくれないのだろう」あるいは「どうせ説明しても、理解できないだろう」となりがちです。
 患者さんにしてみても、「なぜ、この先生は難しい言葉ばかりを使うのだろう」「どうせ素人だと思って煙に巻こうとしているんじゃないか」と疑心暗鬼に陥ったりもします。
 インフォームドコンセントを成立させるには、医療従事者が平易な言葉で治療の内容を説明することがもっとも重要ですが、患者さんもまた、わかったふりをせずに、理解不能な言葉がでた際には積極的に質問すべきです。

ウイルス(ういるす/virus)
 「ウイルス」とは、細菌よりも小さな病原体のことで、電子顕微鏡でしか見ることができません。
 細菌とウイルスの大きな違いは、細菌は環境が整っていれば自分の力で増殖できますが、ウィルスは自分自身で増殖することはできず、他の生物のなかに侵入して、その細胞の部品を利用して自己を複製します。
 つまり、細菌は一個の生物といえるのですが、ウイルスは寄生体のようなものなのです。そのため、細菌には抗生剤(抗菌薬)が有効ですが、ウイルスには抗生剤は効果がありません。
 抗生剤とは細菌を退治する化学物質(抗生物質)から作られたものであるため、ウイルスによる麻疹や風疹、おたふくかぜ、水疱瘡、インフルエンザなどには無力なのです。
 ところが、医療現場では「インフルエンザにかかったから、抗生剤を処方してください」という患者さんが少なくありません。こうした誤解が一番の困りものなのです。
 最近では抗ウイルス剤が開発されつつありますが、治療の基本となるのはその患者さんの免疫力を高めることです。
 ただ、ウイルス感染症の患者さんに抗生剤を処方するケースがありますが、これは合併症としての細菌感染を予防、あるいは治療するために使うもので、ウイルス感染症の治療薬でないことを理解してください。

鬱血(うっけつ)
 血液の流れが悪くなって、からだの一部で血液がとどこおっている状態をいいます。
 混同されがちなのが「充血(じゅうけつ)」で、鬱血は静脈のなかの血液が異常に多くたまった状態であるのに対し、充血とはある部分の動脈に流れる血液が異常に増えている状態をいいます。
 鬱血は血液の流れが妨げられたり、心臓の動きが弱くなったときに起こるもので、指に輪ゴムを強く巻くと、血液の流れが悪くなって指先が紫色になります。これが鬱血の状態です。
 鬱血は顔のほてりや足のむくみなどと違い、血管が詰まっていたり、心臓の機能が低下している場合に起こることがあるため、厳重な注意が必要です。

鬱病(うつびょう)
 「鬱病」は現在でも誤解の多い病気で、「精神的に弱いから鬱病になった」「失恋や仕事の失敗などで、憂鬱になった気持ちを引きずっているのでは?」「落ち込んでいるだけで、気の持ちようさえ変えれば治る病気だ」などの意見が少なからず見られます。
 この病気になると極端に内向的になり、周囲のことに興味や意欲をなくしてしまいます。自宅で塞ぎ込むようになり、場合によっては自殺を図ることもあるため、安易な自己診断や周囲の無理解が深刻な事態を迎えることもあるのです。
 鬱病の原因は、ストレスや薬の影響、環境の変化などさまざまですが、これらが脳内の神経伝達に悪い影響を与えることにより発病するとされています。
 一度、鬱病になると本人の意思ではどうにもならなくなり、専門医の指導のもと、薬(抗鬱剤)や環境の改善などを総合的に行って治療しなければなりません。慢性化したり、治ったと思っても再発することがあるため、慎重な対応が求められます。

ADL(えーでぃえる/Activities of Daily Living)
 アクティビティ(動作)とデイリーリビング(日常生活)を組み合わせたアルファベット略語で、直訳すると「日常生活のさまざまな動作」ということになります。
 寝起きや移動、トイレ、入浴、食事、着替えなど、日常生活を送るために最低限必要な動作を測る指標で、高齢者や障害者の身体能力や障害の程度を測定する際に使用されます。
 介護保険制度では、これらの項目を「できる・できない」で調査し、その結果を見て、その人に必要な介護レベルを決定しています。
 一般の方にはなじみのない言葉で、医師は「ADLが自立している」というような使い方をしますが、高齢者でも理解しやすいように、わかりやすい説明が求められています。

エビデンス(えびでんす/evidence)
 「エビデンス」とは、英語の「証拠」という単語で、医師はつい「これは、エビデンスがある薬です」といってしまいがちです。
 つまり、「よく効くことが、長年の研究や臨床によって確かめられている薬」であることをいいたいのですが、一般の方にはなじみのない言葉です。これは薬に限らず、「エビデンスに基づく治療」というような使われかたもします。
 さらには「EBM」という言葉もあり、これはEvidence Based Medicineの略で、「患者さんに実際に使用して、効果が認められている治療法」ということになります。
MRI(えむあーるあい/Magnetic Resonance Imaging)
 磁気を利用して、からだの断面の情報を画像にする検査で、訳語は「磁気共鳴画像」になります。これとは別にCT(Computerized Tomography)があり、訳語は「コンピュータ断層撮影」です。
 CTはMRIより早く普及したため、患者さんのなかには「MRIより精度が劣るもの」という認識をされている方が少なくありません。
 そのため、医師が「CTの検査をしましょう」というと、患者さんは「CTなんかじゃなく、最初からMRIで診てください」ということがしばしば発生しています。
 前の表にあるように、MRIとCTにはそれぞれの特長・短所があります。医師は、病気の種類や患者さんの特性によってこれらを使い分けているのです。

MRSA(えむあーるえすえー/Methicillin-resistant Staphylococcus Aureus)
 黄色ブドウ球菌はヒトの皮膚や消化管にいる細菌で、肺炎や腸炎などの感染症、食中毒を引き起こします。普段は害のない細菌ですが、抵抗力が弱っていたり、免疫力が低下しているとこうした病気を発症させてしまうのです。
 メシチリンは黄色ブドウ球菌の抗生剤で、MRSAとは「メシチリン耐性黄色ブドウ球菌」、つまりメシチリンが効かなくなった黄色ブドウ球菌のことをいいます。
 MRSAの院内感染が報道されてから、「薬が効かない恐ろしい細菌」という認識が広まりましたが、実際にはメシチリンに代わる治療薬があります。
 誰にでも感染して、すぐに発症すると誤解されがちですが、健康な人には無害で、仮に感染しても簡単に治すことができます。

炎症(えんしょう)
 「炎症」とは細菌やウイルス[24頁参照]が体内に侵入した際に、からだの防御機能である白血球がこれらと戦うと、からだの一部分が赤くなったり熱を持ったりします。
 これが炎症で、死滅した細菌やウイルスは膿になってでてくるのですが、「炎症を抑えるために、消炎剤を処方してください」という患者さんが少なくありません。
 しかし、炎症は細菌やウイルスに対する正常な生体防御反応であるため、過剰な反応は考えものです。痛みがあったり、不快であったりしても医師と相談し、そうした薬の処方が必要かどうか、よく話し合ってください。
 また、アレルギー性鼻炎やアレルギー性皮膚炎など、アレルギーの場合も炎症を起こしますが、これも体内の免疫機能が過剰に働いてしまったための炎症です。

黄疸(おうだん)
 肝臓や血液の異常で、からだや白目の部分が黄色くなることをいいます。肝臓は肝炎や肝硬変などの病気のほか、肝臓につながる胆管の異常などにより、通常は血管に流れない胆汁が血液中に流れ込むようになって発生します。
 血液の場合は、赤血球が一度に大量に破壊されると起こりますが、どちらもビルビリンの色素によるものです。
 ビルビリンとは、赤血球に含まれるヘモグロビンから作られる物質で黄色い色をしています。これが皮膚や粘膜にたまることで黄色くなるのですが、みかんやニンジンなどのカロチンを含む食品を多く食べると、皮膚が黄色くなることがあります。
 これを黄疸と間違える人がたまにいますが、こうした場合は白目が黄色くならないため、容易に判別できます。
 黄疸がでた状態は、肝臓、血液ともに重大な疾病の可能性があるため、注意が必要です。

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